志とは (2014年の学年通信)

 少し前の話ですが、私は市内のテニスクラブで毎週ナイター練習をしていましたが、そこにHさんという人がいました。Hさんは私より少し年上で、ずんぐりとして動きもそれほど機敏ではなく、練習で打ち合っているときはそれほど技術の差があるようには感じない(むしろ私の方が少し器用と感じる)のですが、いざシングルスをやってみると全く歯が立たないというぐらい強い人でした。4ゲームほどリードすると彼は練習中のショットを試すので、その間に私が2ゲームぐらいとれることがある程度です。流れはほとんど彼が掌握し、何をやってもチャンスはほとんどありません。

 簡単に説明すると、私のショットは角度的にも威力的にも彼を追いつめることができないため、余裕をもって対処させてしまう、つまりコントロールされてしまうのです。私は長い距離を動かされることが多くなり、やがてチャンスボールを与えるか、無理に攻めてミスを犯します。コントロールされるということは技術もさることながら、手の内を読まれてしまっているということなのです。

 彼はキャリアも長く、当時市選手権のシード選手でもあったので私のようなクラブプレーヤーのかなう相手ではなかったわけですが、身体能力的に際立ったものがないのにあれほど強いのはどうしてなのか、興味を持って観察していました。

 テニスクラブというところは社交の場ですから、1日なり半日なりそこでプレーをするときはいろんなゲームがあります。年配の人に強打したり、組む相手を選ぶようなことはマナー違反です。 しかしHさんはそんな社交ダブルスは絶対にやりません。彼が練習するグループはコーチや選手ばかりで、負けた者がボール代を出すというルールになっているそうです。 

 1セットごとにニュー缶をあけるのはトーナメントと同じ条件で試合するためです。ボールは2個で 600円です。負ければショックと一緒に使い古しのボールが残ります。次のセットでそれを使うことは許されません。いっぱい負けるとバッグがボールでパンパンに膨らむそうです。そんな日は悔しくて眠れないと言っておられました。

 そういえば、Hさんが楽しそうにボールを打っている姿は一度も見たことがありませんでした。仲間と打っても、美人の学生コーチと打っても、いつでも怒っているかのような恐い表情でした。おそらくは、練習のときも頭では試合の中に自分を置いていたのでしょう。

 私がそのクラブを辞めることになったので最後に「どんな練習をしたらそんなに強くなれますか?」と聞いたところ、Hさんはいいました。

「誰でも練習はしてるんですよ。」

「いつでも勝とう思って練習できるかどうか、自分を追い込めるかどうかちがいますか。」

 せいぜい仲間内で勝てたら満足というような姿勢でトーナメントに勝てるわけがないでしょ。という意味だったと思います。強くなるためにたくさんの犠牲を払い、悔しい思いや、膝の痛みなどと日々戦っている彼に対して、ずいぶんレベルの低い質問をしてしまったなあと恥ずかしくなりました。

 やるからには勝ちたい。だから努力もする。でもそんなことを志とはいわない。そう彼は教えてくれました。

投稿者: roundstone1966

高校の教員をしています。数学の授業の評判は今ひとつなのですが、学級通信だけは面白いと褒めてもらっています。大学受験に向かう生徒を励ます目的で書いたものが大半ですが、皆さんに読んでいただけたら嬉しいです。

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