市のクラブ対抗戦はダブルス3本で争われます。
私たちのチームはこれといってよりどころのないメンバーでしたから、全員が謙虚に、ただ堅実にプレーをしました。これといってかっこいい場面もなく、しかし気がつくと決勝に上がっていました。
決勝の相手は同じクラブのAチームです。いつも一緒に練習しているメンバーですが、ここまできたら優勝したい。お互いに。
第1ダブルスと第2ダブルスが同時にコートに入りました。私たちは第2ダブルスですから、1番が勝ってくれるとやや気楽にプレーできます。実際ここまでそうでした。
苦戦を強いられる私たちを後方に、隣の第1ダブルスはあっという間に勝利を収め、もう握手をしています。他の試合はないのでそのコートに第3ダブルスが入ります。
「僕らが勝つから気楽にやっといて!」と声をかけました。
それを間に受けたのか、第3ダブルスはストレートで負けてしまいます。
この展開は想定外です。突然チームの命運が私たちに重くのしかかってきました。表彰式を待っている人たちがコートを取り囲みました。子供を公園に連れてきているお父さんや、犬の散歩中の女の子たちも観戦しています。その時です。右太腿が痙攣を始めたのです。私は天を仰ぎました。
「修造さん。助けてください。」
動けないことをなんとか相手に気づかれないようにしなければなりません。動揺させないために相方もついでに騙します。
もつれまくってゲームカウントは5オール。しかし6ゲーム先取ですから相手のサービングフォーザマッチです。
幸い、決勝戦ということもあってみんな自分のことで精一杯です。私はもうボールを追いかけることができないのですが、相手のミスにも助けられて40-40です。でもデュースではありません。ノーアドバンテージ方式なので次のポイントで勝敗が決まります。両チームのチャンピオンシップポイントです。
レシーブは私。ファーストサーブが深く入ったら前衛のS君はポーチに出てくるでしょう。我々はダブルバックで守備を固めます。
「ロブをあげるときは天高く!」
回転多めのファーストサーブでしたがわずかにアウトしました。
「フォルト!」
セカンドサーブとなり、相方のKさんが通常のポジションに戻ります。私はKさんに、緩いリターンを足元に沈めるからファーストボレーをポーチして欲しいと頼みました。もう立っているのも限界です。
このときサーバーのTさんが2回トスをやり直しました。
「もしかして。」
「いやいや。」
サーバーのTさんは外科医です。手元が狂ったら命に関わるかもしれない手術を日に3回することもあるといいます。テニスごときで緊張するはずはありません。ここはダブルフォールトではなく今日一番のサーブが来ると考えるべきです。
「来る。きっと来る!」
次の瞬間、Tさんの打った黄色いボールはUFOのような動きをしながら隣コートの領空を侵犯したのち、サイドフェンスに激突しました。
次の年あたりからですが、各クラブの助っ人投入合戦がエスカレートしていきました。社会人リーグの選手やJOP持ちコーチ、現役インカレ選手までが出場するようになり、我々テニス愛好家の出る幕はなくなりました。
今や超ハイレベルな大会となったクラブ対抗戦ですが、優勝賞品だけはあの時と変わらずテニスボール1ケースです。