夏が来れば思い出す

 その日、男子シングルスのインターハイ予選、準々決勝4試合が行われていました。

 しかし6番コートの試合だけは、妙な雰囲気です。

 選手はポイントを取っても喜ばず、大勢の応援がいるにもかかわらず、誰も拍手をしません。

 実はインターハイ常連校のチームメイトによる同士討ちだったのです。

 坊主頭の田中くんと、イケメンの松本くんはともに守備型のオールラウンドプレーヤーです。ぐいぐい攻めてくる相手が大好物ですが、同じスタイルの相手はやりにくい。

 子供の頃から県の大会で何度も戦ってきた相手なのでしょうが、今回は少し状況が異なります。

 松本くんが体育の授業で左腕を骨折してギプスをしています。得意の両手打ちバックハンドが使えません。

 当然田中くんはパッシングショットが打てない松本くんのバックハンド側にアプローチショットを送りネットに詰めてきます。

 しかし、松本くんもそれをさせないように配球し、できれば先にネットに付こうとします。

 松本くんのボレーは素晴らしいタッチで、ネットアプローチでは3分の2ぐらいのポイントが取れているように見えます。しかし、甘い球は滅多になく、そこに至るまでに長い長いラリーが続きます。

 真夏の死闘は1時間20分を経過して、お決まりのタイブレークに突入しました。

 山側サイドの一番後ろには幅1m程の日陰がありました。田中くんはそこに入ってタオルで汗を拭い、時間いっぱい休んでから、ゆっくりゆっくりベースラインに歩いていきます。

 松本くんはその様子には目もくれず、やけつく太陽の下でサービスポジションにつき、黄色いボールをひたすらついています。

 田中くんがラケットを構えました。彼のマッチポイントです。

「来い!」

 この場面でも松本くんはなんの力みもなくサーブを打ち、プレーが始まりました。

 全国レベルの選手が守りを固めている時、打ち急ぎは厳禁です。田中くんはこれでもかというぐらいたっぷりとラリーをしてから、突如として、空中でブレーキを掛けるかのような緩いスライスを打って、大波のようにネットに詰めていきました。

 さあ打ってこい。

 並の選手相手ならロブでいいのですが、松本くんは迷わずトントンとコート内に入り込んでバウンド直後をフラットに打ち抜いたのです。

 タイミングを外された田中くんは反応できず、お見事という表情で相手を見ました。しかしそのパッシングショットは僅かにネットに触れ、跳ね上がってサイドラインを割りました。そして沈黙の6番コートは初めて大きな拍手に包まれました。

 二人が監督のもとに、結果報告に来ました。監督はまず田中くんに一言かけて、コートを去らせました。その後、松本くんが試合を振り返ります。あの長い試合を後ろで見ていたかのように正確に再現します。涙がポロポロと流れ落ちます。

 流れを掴むチャンスが2回あったといいます。でも田中くんのメンタルが充実していて、崩せなかったと。

 最後に監督が言いました。

「それでいい。ナイスゲームだった。」

 彼は後ろに手を組み、足を広げて真っ直ぐに立つと、深々とお辞儀をしました。

 

 

雨の中を、傘もささずに。

 水曜の昼休み、私は校門の立番に当たっています。その日はしっかり雨が降っていたので校門には立たず、昇降口の屋根の下で校外に出る生徒がいないか見張っていました。さすがにこの雨では遊びに出るのも面倒でしょう。

 見上げると屋根の内側に燕の巣がありました。4羽の雛が顔を出しています。親鳥が、餌を与えては飛び立っていきます。

 燕は地面に降りたり、木にとまったりする様子はありません。ひたすら飛び回って、おそらく飛んでいる虫を咥えて巣に戻ってきます。

 雛は大きく口を開けて身を乗り出します。親鳥といえどそんなに多くの虫は口に入らないでしょう。1羽にだけ与えるとまたすぐに飛び立ちます。雨の中を、傘もささずに。♫

 こうして4羽の雛を満足させるまでにおそらく何時間も飛び続けるんですね。すごい体力です。

 こんなに小さな生き物ですが、信じられない能力を持ち、折れない心で立派に子育てをして命を繋いでいる。

 私も子育てはとっても大変でしたから、飛び回る燕に同じ親としてエールを送っていると、チャイムが鳴りました。

 先日、久しぶりに会った友達と焼き鳥屋に行ったのですが、私はししとうや椎茸ばかりを食べていました。

 どこか悪いのかといって心配するのでこの話をしたんです。

 「前から思ってたけど、お前は変わったやつやなあ。」

 「燕だけじゃない。みんな一生懸命生きてるんだよ。」

 「ししとうや椎茸、枝豆、じゃがいも。それから厚揚げもな。」

 

人生は紙飛行機(2016年学級通信)

 このところ毎朝耳にする歌詞を流用?させていただきました。思い通りにならないことも多いけれど、頑張りましょうという歌詞に共感を覚える人も多いのではないでしょうか。

 中には「先生はいいよなあ、好き勝手にできるから。」などと思っている人もいるでしょうが、我々の毎日も思い通りにならないことの連続です。あるクラスなどでは配布した宿題プリント1枚を集め切るのも至難の技です。しかし、思い通りにならないことに慣れっこの我々でも、生徒の希望を実現できなかった時ほど無力感を覚えることはありません。

 中でもNさんのことは特別でした。Nさんはバスケットボール部で活躍するとても活発な女子生徒でした。食物栄養学を学び、将来は食品開発の仕事に携わりたいという彼女の目標は大阪市立大学の生活科学部でした。

 サバサバした性格で健康そのものといったNさんでしたが、2年生のとき、突然内臓の病気にかかって長期入院し、バスケットボールを続けることができなくなりました。

 「残念ですが、高校生活は勉強に捧げます。兄弟が多いので私、絶対に国公立じゃないとダメなんです。」

 彼女は背が高かったので、ノートに置かれた痩せた腕はよりいっそう細く見えましたが、そこにはいつも力強く数式が書き込まれていました。

 3年になっても体力はなかなか回復しませんでしたが、模擬テストの成績は優秀で、予備校から京大クラスへの優待状が送られてくるほどでした。

 センター試験本番の得点もボーダーを軽く上回っていたので、前期の大阪市立大学は確実と思われました。ところがふたを開ければ前期はおろか、後期の徳島大学も不合格という、信じられない結果だったのです。

 私は浪人を勧めましたが、体のこともあり家族に説得されて彼女は同志社女子大学に入学を決めました。落ちたのは仕方ないけれど、家族に負担をかけることになって申し訳ないと言って目を腫らす彼女を見て、もっと何かできなかったのか、私は深く後悔し、末永く引きずっていました。

 しかし、そんなこととは関係なく、大学生になったNさんは授業料の元を取るために一生懸命勉強したそうです。

 卒業後は三重大学の大学院に進学して遺伝子学の修士となり、そこで書いた論文によって兵庫県の理化学研究所の研究員に採用されました。

 数年前に会ったときは、大阪大学の薬学部助教の名刺をくれました。よく学生に間違われるのでいつもたくさん持ち歩いているのだそうです。高校時代は本当に散々だったNさんですが、阪大で知り合った方と結婚し、今は東京で生活しているそうです。

 みなさんはこれから大学受験に臨み、風に翻弄される紙飛行機に自分を重ねるかもしれません。しかし、もし仮に力が出しきれなくても、未来が閉ざされるわけではありません。困難に挑戦することで自己を高め、価値ある存在に成長したことにかわりはありません。

 気になったので調べてみました。この歌は、「人生は紙飛行機のように風に流されてどこへいくのかわからないよ。」という意味ではなく、「紙飛行機は無理に力を入れたり、考えすぎるとうまく飛ばないけれど、風と友達になればどこまでも飛んでいくよ。」という意味が込められているそうです。

 というわけで、最後も得意の流用で締めくくりたいとと思います。

 飛んで行け 飛んでみよう

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 たとえ休日でもうちの猫は朝4時に私を起こします。これも何かの導きと考え、家族の目玉焼きを作り、洗濯物を干してからギターの早朝練習を始めます。

 猫は私が座る一人用のソファーに無理に座りこんで来るか、ギターと私の間に入ろうとすることもあれば、少し離れて見ているだけのこともあります。

 練習が終わり、朝食の時は一緒にリビングに来て、自分も餌を食べます。

 デスクでPCを開いていると、横に来て丸くなって寝ていますが、調子良く作業が進みだすと突如キーボードの上に覆い被さってきたりします。実はこのタイトル、猫が打ちました。

 午後、2匹の猫は忽然と姿を消して、どんなに呼んでも出て来ません。押し入れや、カーテンの後ろ、衣装ケースの中など、見つからないように毎回場所を変えながら隠れて爆睡するのです。

 夕方、2匹は眠りから覚めてご機嫌になります。カーテンに隠れて不意打ちを仕掛けたり、追いかけっこをして元気に遊びます。

 夜、私がベッドに入ると、ラピは布団の上、チャチャは布団の中に入って一緒に寝ます。寝返りを打つと、チャチャはいったん布団から出てぐるっと回ってまた私の懐に入って来ます。

 猫は人間同士でも滅多に許されない距離0から距離∞(ほっておいてくれ)を絶妙に使い分けながら、人と共に生活できるのです。

 よくこれを気まぐれといわれるのですが、私はそうは思いません。

 以前、ある試験のために休みごと一日中勉強をしていた時期があったのですが、その間いつでもずっとラピが横にいて、私を見守っていてくれたからです。

 さて、妻によると、チャチャは私を寝かしつけると、リビングに下りて家族と過ごしているそうです。

 そしてまた、きっちり朝4時に私を起こしに来ます。

dav

合言葉

 オイル交換を1年以上していないので、お世話になっている東大阪のお店に行くことにしました。天気もいいので泉南の方まで足を伸ばして海を見に行くことにしましょう。何せ、バイクに乗って気持ちの良い時期はわずかですから。

 阪神高速から近畿道に向かうと「阪和道・和歌山」という文字が目に入りました。時間もあることだしいっそ和歌山まで行くのもいいなあ。

「行っちゃえ、オッサン」(キムタク風に)

 広川インターで降りて42号線を海沿いに走り、どこかで写真を撮って、昼ごはんを食べてから東大阪に戻ればいいでしょう。

 土下座のような前傾姿勢は高速道路では楽ですが、一般道に降りてからしばらくクネクネの下り坂を鈍い軽トラの後ろについて走ったので背中が痛くなってきました。

 休憩したいところですが、良さげな店は全て車がいっぱいです。海をバックに写真を取れるところが案外ありません。とうとう背中に加えて手首も痛くなってきました。もし渋滞でもあれば今度は左手が心配です。クラッチ重いんです。

 コンビニを見つけては休憩し、結局白浜まで行ってやっと写真が撮れました。その後和歌山ラーメンを食べて、阪和道を直走り東大阪に着いたのは4時でした。

 背中の痛みに耐え、ガソリンスタンドがなくて冷や汗かいたり、いい感じのお店には入れず、とれとれ市場に入ってみたけど荷物が積めないのでお土産は買えず、まあ、ツーリングってちょっとした苦行なんです。

 私、能天気なんですが、気が小さいんでしょうね。寒かったらどうしよう、雨は降らないだろうか、混んでたら嫌だなあとか、コケて怪我したら迷惑かけるなあとか考えているうちに昼になって、出かけられなくなったことがこれまで何度もありました。

 ツーリングにトラブルはつき物です。ひどい目にあった事もありますが、行かなければよかったと後悔することは不思議とありません。振り返った時はそれがいいスパイスになっているからでしょう。それがいつの頃からか、無難さを最優先するようになって、バイクとの距離を広げてしまったようです。

 こいつとの時間も限られています。これからは二の足を踏むのはやめて、決めたら行動しようと思います。合言葉は、

 「やっちゃえ、オッサン。」

sdr

ブンブンの国

 私が通勤に使う電車は座席がバスのように前を向いています。ただし、端の席だけは向きを変えられないので4人が向い合って座るようになっています。

 対面席はいつも空いているので、その日も私はそれに座っていました。

 私の前にはいかにも高級なスーツを着たビジネスマンが資料を開いています。これから大事な商談でもあるのか、緊張した面持ちです。

 この夏は換気のために窓を開けて走行していたからでしょう。突然彼の横の窓に緑色のカナブン(関西ではブンブン)が飛んできて止まりました。彼はチラッと一瞬それを見ましたがすぐにまた資料に視線を戻しました。

 もうすぐ駅に着きます。到着したら私がそのブンブンを外に逃してやろうと思いました。

 蜘蛛を助けると蜘蛛の糸が降りて来ますし、亀を助けると竜宮城に連れて行ってもらえます。ブンブンを助けたら、ブンブンの国に連れて行ってもらえるに違いありません。私は心躍らせながら電車が駅に着くのを待ちました。

 扉が開き、我々は立ち上がりました。と同時にそのビジネスマンがブンブンをそっと掴み、車外に逃しました。

 彼にも、ブンブンやクワガタで遊んだ子供時代があったに違いありません。資料を見ながらも、それを思い出していたのかも知れません。私は何かほっとしました。

 その後彼と会ったことはありません。もしかすると、枕元に現れたブンブンに教えてもらったとうもろこしだか小豆だかを買って財を築き、会社をやめたのかもしれません。

 先日、帰りの電車で私の横の窓に白い蛾が止まったので窓の外に逃してやりました。その日以来、枕元にノートとペンを置いて寝ています。

湖の夢

 最近、湖の夢をよく見ます。大きくて水は透明、周りにはかなり高い山々があり、日本ではないような感じです。これはきっとお金持ちになる予兆に違いありません。

 「湖の夢」で検索したところ、お金持ちになる夢ではなく、「心理状態が内省的になっている」と書かれていました。そういえば思い当たることがあります。

 自分が生徒だった頃、先生の授業中の雑談が好きでした。授業の内容は忘れても、雑談の内容だけは今でも覚えていたりします。

 学校は勉強だけ教えていればいればいいというわけではないので、誠実に教えることはもちろん、多少の自己開示は教師の責任だと思っていました。

 ところが、しばらく前からそれがあまり歓迎されなくなりました。例えば、ちょっと難しい理屈が続く場面で一息入れてやろうとしても、授業内容から逸れた途端に、突っ伏したり、私語を始める生徒がいたりして、集中が途切れてしまいます。だからもう長年、余談もせず淡々と授業をしてきました。

 ある月曜の1時間目、2年生のクラスに行くと生徒が半数近くいません。来ている生徒は損した気持ちになっているのか、全くやる気がありません。なんとか元気付けてやらねばならないのですが、どうすればいいのでしょう?職員室にアニマル浜口先生がいればいいのですが。

 勇気を出して、「月曜の朝は私も気持ちが重いので、マコなり社長の動画を見て元気をもらっているよ。」という話をしました。

 案の定、「何それ?」みたいな反応です。生徒たちとは関心の対象がかけ離れているのと、彼らにとって私は親の世代なので、警戒心もあるのでしょう。

 しかし最近では、あまり真剣に聞いてもらえないとわかっていながら、めげずに自己開示をすることにしました。私が授業をするのもこの先そう長くはないからです。

 実は、聞いていないようでも彼らは聞いています。そのうち「マコなり社長の動画見たよ。」っていう生徒が出て来ます。授業に対する姿勢が徐々に前向きになり、クラスの成績も良くなります。これがコヴィー博士のいう信頼関係というものでしょうか。

 考えてみれば、みんな寝てしまうから定理の証明はパスしようとか、やってこないから宿題を出すのをやめようとか、必要だとわかっていても成果の期待できないことは極力避けて来たように思います。人間が小さいというか、まあケチだったんですね。

 たとえ感謝されなくても生徒のために必要なことはやるべきだった。ダメだしばかりしていないで、褒めて励ましてやることがどうしてできなかったのだろうと思います。自分にできることはそれしかないのに。

 職員室のPCの電源を入れると、デスクトップが湖の写真であることに気がつきました。私が見ていた夢がこのデスクトップでないことを祈りたい。

ブラジルの風

 YouTubeを開くと、8月にUPした私の動画が出て来ます。そのすぐ下にいつも、白いニットの女性の動画が出て来るんです。読み方はわかりませんが、女の人の名前っぽくない気がします。

「nossa alma canta」

 AIがどのようにピックアップしてくるのか詳しく知りませんが、所詮はただの情報通であって、音楽の良し悪しはわからないでしょう。私はスマホもYouTubeもない頃からJAZZを聴いているので、そんなオススメに頼らなくてもいいんです。

 ところが、毎日毎日、その女性の動画が出てくるんです。AIにも意地があるようなので聴いてみることにしました。結構な美人なので損はしないでしょう。

 私の動画はボサノバの演奏なんですが、やはり彼女はブラジル音楽のヴォーカリストでした。長めのギター伴奏から歌に入って間もなく、その心地よい歌声に一発でノックアウトされました。この人と同じカテゴリーに入れてもらえるなんて感激です。さすがAI。

 優れたミュージシャンは、例え小さなイヤフォンを通してでもその空気を運んでくることができるんですね。電車の中にいながら、「ブラジルの風を感じる」とでもいいましょうか。

 場所は小さなレストランのようで、客の話し声が聞こえます。

「ブラジルに行けば、こんな間近にこの演奏が聴けるのか!」

 リオでしょうか、それともサンパウロ?

 どっちも行ったことないですけど。

 しかし演奏が終わると彼女はその美声でこう言うのです。

「Gracce」

「グラッツィエ」

猫との対話

 ビル・エバンスが conversations with myself「自己との対話」というアルバムを発表したのが1963年。私はJazzを知らないどころか、まだこの世に生まれていませんでした。

 当時の映画の中で2020年が映し出されると、きっと車が空を飛んでいたでしょう。しかし今日も、彼の演奏を世界中の人が聴いています。

 でもそんなこととはなんの関係もなく、私はよく猫に話かけます。猫はじっと目を見て聞いてくれるし、時々返事もしますから、まるで対話をしているような気持ちになるんです。

 先日のこと、ラピが首輪をしていません。

私「ラピ、首輪はどうした?どこかに落としてきたのか?」

ラピ「ニャオ、ニャオ。」

チャチャ「ニャオ、ニャオ、ニャオ。」

ラピ「ニャオ。ニャオ、ニャオ、ニャオ。」

2匹が必死に何か言ってるんです。

私「そうか。わかった、わかった。また新しいのを買ってやるよ。」

 とりあえずそう言ったのですが、いったい何を訴えていたのでしょう。もしかするとあんなものをつけてくれるなという抗議だったかもしれません。

 しかしなんと次の日、ラピが首輪を咥えて帰って来たのです。早速それを付けてやると全く抵抗しません。鈴がついていて耳障りだと思うのですが、嫌がるどころか結構気に入ってるようなのです。

 このことから、前日の話は多分こんな感じだったのではと。

私「ラピ、首輪はどうした?・・・」

ラピ「それが、どこで失くしたかわからないの。」

チャチャ「きのうシロに胸ぐらをつかまれたときに外れたのよ。」

ラピ「そうか。じゃあ、きっと増田さんちの庭にあるよね。」

またつまらぬものを買ってしまった

 私の999はビポスト(2人乗り)です。ですがこんな暴れ馬に大切な人は乗せられないし、そうでない人はそもそも乗せません。

 使わないだけでなく、デザインがいただけません。タンクと面一で水平に伸びるタンデムシートとそこから垂れ下がるナンバーステーがなんとも「もっさい」。

 いつかシングルシートに変えようと、ヤフオクに安く出品されるのを待っていたところ、先日2万円ちょいでシートレールがでてきました。シートカウルは3万円ぐらいが相場ですが、18000円で出品されています。そこに土日限定の2000円クーポンがついてきたので、反射的に落札しました。ルアーに食いつくブラックバスのようなものです。

 シートカウルはシートレールと4カ所、タンクと1カ所でビス留めされているだけで、ボックスレンチで簡単に外すことができます。

 シートレールはフレームと4カ所、マフラーと1カ所でビス留めされているだけなので、これも難しくありません。アルミ製で、元のシートレールの半分ぐらいの重さです。軽量化もできました。

 実はこれを最後のバイクにしようと思っています。バイクは機械ですが、愛してやらないとたちまち輝きがなくなり、乗っても楽しめなくなります。付き合い方がやっとわかったのですが、音楽に集中しなければならないのでもう十分な時間が作れません。

 未練が残らないように、昔よく行ったコースを走り直して、バイクライフを完結させようと思っています。

 次は海をバックに写真を撮りたいです。いずれ写真だけが残るでしょうから、本来の姿に戻してやれてよかったと思っています。