人生は紙飛行機(2016年学級通信)

 このところ毎朝耳にする歌詞を流用?させていただきました。思い通りにならないことも多いけれど、頑張りましょうという歌詞に共感を覚える人も多いのではないでしょうか。

 中には「先生はいいよなあ、好き勝手にできるから。」などと思っている人もいるでしょうが、我々の毎日も思い通りにならないことの連続です。あるクラスなどでは配布した宿題プリント1枚を集め切るのも至難の技です。しかし、思い通りにならないことに慣れっこの我々でも、生徒の希望を実現できなかった時ほど無力感を覚えることはありません。

 中でもNさんのことは特別でした。Nさんはバスケットボール部で活躍するとても活発な女子生徒でした。食物栄養学を学び、将来は食品開発の仕事に携わりたいという彼女の目標は大阪市立大学の生活科学部でした。

 サバサバした性格で健康そのものといったNさんでしたが、2年生のとき、突然内臓の病気にかかって長期入院し、バスケットボールを続けることができなくなりました。

 「残念ですが、高校生活は勉強に捧げます。兄弟が多いので私、絶対に国公立じゃないとダメなんです。」

 彼女は背が高かったので、ノートに置かれた痩せた腕はよりいっそう細く見えましたが、そこにはいつも力強く数式が書き込まれていました。

 3年になっても体力はなかなか回復しませんでしたが、模擬テストの成績は優秀で、予備校から京大クラスへの優待状が送られてくるほどでした。

 センター試験本番の得点もボーダーを軽く上回っていたので、前期の大阪市立大学は確実と思われました。ところがふたを開ければ前期はおろか、後期の徳島大学も不合格という、信じられない結果だったのです。

 私は浪人を勧めましたが、体のこともあり家族に説得されて彼女は同志社女子大学に入学を決めました。落ちたのは仕方ないけれど、家族に負担をかけることになって申し訳ないと言って目を腫らす彼女を見て、もっと何かできなかったのか、私は深く後悔し、末永く引きずっていました。

 しかし、そんなこととは関係なく、大学生になったNさんは授業料の元を取るために一生懸命勉強したそうです。

 卒業後は三重大学の大学院に進学して遺伝子学の修士となり、そこで書いた論文によって兵庫県の理化学研究所の研究員に採用されました。

 数年前に会ったときは、大阪大学の薬学部助教の名刺をくれました。よく学生に間違われるのでいつもたくさん持ち歩いているのだそうです。高校時代は本当に散々だったNさんですが、阪大で知り合った方と結婚し、今は東京で生活しているそうです。

 みなさんはこれから大学受験に臨み、風に翻弄される紙飛行機に自分を重ねるかもしれません。しかし、もし仮に力が出しきれなくても、未来が閉ざされるわけではありません。困難に挑戦することで自己を高め、価値ある存在に成長したことにかわりはありません。

 気になったので調べてみました。この歌は、「人生は紙飛行機のように風に流されてどこへいくのかわからないよ。」という意味ではなく、「紙飛行機は無理に力を入れたり、考えすぎるとうまく飛ばないけれど、風と友達になればどこまでも飛んでいくよ。」という意味が込められているそうです。

 というわけで、最後も得意の流用で締めくくりたいとと思います。

 飛んで行け 飛んでみよう

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 たとえ休日でもうちの猫は朝4時に私を起こします。これも何かの導きと考え、家族の目玉焼きを作り、洗濯物を干してからギターの早朝練習を始めます。

 猫は私が座る一人用のソファーに無理に座りこんで来るか、ギターと私の間に入ろうとすることもあれば、少し離れて見ているだけのこともあります。

 練習が終わり、朝食の時は一緒にリビングに来て、自分も餌を食べます。

 デスクでPCを開いていると、横に来て丸くなって寝ていますが、調子良く作業が進みだすと突如キーボードの上に覆い被さってきたりします。実はこのタイトル、猫が打ちました。

 午後、2匹の猫は忽然と姿を消して、どんなに呼んでも出て来ません。押し入れや、カーテンの後ろ、衣装ケースの中など、見つからないように毎回場所を変えながら隠れて爆睡するのです。

 夕方、2匹は眠りから覚めてご機嫌になります。カーテンに隠れて不意打ちを仕掛けたり、追いかけっこをして元気に遊びます。

 夜、私がベッドに入ると、ラピは布団の上、チャチャは布団の中に入って一緒に寝ます。寝返りを打つと、チャチャはいったん布団から出てぐるっと回ってまた私の懐に入って来ます。

 猫は人間同士でも滅多に許されない距離0から距離∞(ほっておいてくれ)を絶妙に使い分けながら、人と共に生活できるのです。

 よくこれを気まぐれといわれるのですが、私はそうは思いません。

 以前、ある試験のために休みごと一日中勉強をしていた時期があったのですが、その間いつでもずっとラピが横にいて、私を見守っていてくれたからです。

 さて、妻によると、チャチャは私を寝かしつけると、リビングに下りて家族と過ごしているそうです。

 そしてまた、きっちり朝4時に私を起こしに来ます。

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合言葉

 オイル交換を1年以上していないので、お世話になっている東大阪のお店に行くことにしました。天気もいいので泉南の方まで足を伸ばして海を見に行くことにしましょう。何せ、バイクに乗って気持ちの良い時期はわずかですから。

 阪神高速から近畿道に向かうと「阪和道・和歌山」という文字が目に入りました。時間もあることだしいっそ和歌山まで行くのもいいなあ。

「行っちゃえ、オッサン」(キムタク風に)

 広川インターで降りて42号線を海沿いに走り、どこかで写真を撮って、昼ごはんを食べてから東大阪に戻ればいいでしょう。

 土下座のような前傾姿勢は高速道路では楽ですが、一般道に降りてからしばらくクネクネの下り坂を鈍い軽トラの後ろについて走ったので背中が痛くなってきました。

 休憩したいところですが、良さげな店は全て車がいっぱいです。海をバックに写真を取れるところが案外ありません。とうとう背中に加えて手首も痛くなってきました。もし渋滞でもあれば今度は左手が心配です。クラッチ重いんです。

 コンビニを見つけては休憩し、結局白浜まで行ってやっと写真が撮れました。その後和歌山ラーメンを食べて、阪和道を直走り東大阪に着いたのは4時でした。

 背中の痛みに耐え、ガソリンスタンドがなくて冷や汗かいたり、いい感じのお店には入れず、とれとれ市場に入ってみたけど荷物が積めないのでお土産は買えず、まあ、ツーリングってちょっとした苦行なんです。

 私、能天気なんですが、気が小さいんでしょうね。寒かったらどうしよう、雨は降らないだろうか、混んでたら嫌だなあとか、コケて怪我したら迷惑かけるなあとか考えているうちに昼になって、出かけられなくなったことがこれまで何度もありました。

 ツーリングにトラブルはつき物です。ひどい目にあった事もありますが、行かなければよかったと後悔することは不思議とありません。振り返った時はそれがいいスパイスになっているからでしょう。それがいつの頃からか、無難さを最優先するようになって、バイクとの距離を広げてしまったようです。

 こいつとの時間も限られています。これからは二の足を踏むのはやめて、決めたら行動しようと思います。合言葉は、

 「やっちゃえ、オッサン。」

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ブンブンの国

 私が通勤に使う電車は座席がバスのように前を向いています。ただし、端の席だけは向きを変えられないので4人が向い合って座るようになっています。

 対面席はいつも空いているので、その日も私はそれに座っていました。

 私の前にはいかにも高級なスーツを着たビジネスマンが資料を開いています。これから大事な商談でもあるのか、緊張した面持ちです。

 この夏は換気のために窓を開けて走行していたからでしょう。突然彼の横の窓に緑色のカナブン(関西ではブンブン)が飛んできて止まりました。彼はチラッと一瞬それを見ましたがすぐにまた資料に視線を戻しました。

 もうすぐ駅に着きます。到着したら私がそのブンブンを外に逃してやろうと思いました。

 蜘蛛を助けると蜘蛛の糸が降りて来ますし、亀を助けると竜宮城に連れて行ってもらえます。ブンブンを助けたら、ブンブンの国に連れて行ってもらえるに違いありません。私は心躍らせながら電車が駅に着くのを待ちました。

 扉が開き、我々は立ち上がりました。と同時にそのビジネスマンがブンブンをそっと掴み、車外に逃しました。

 彼にも、ブンブンやクワガタで遊んだ子供時代があったに違いありません。資料を見ながらも、それを思い出していたのかも知れません。私は何かほっとしました。

 その後彼と会ったことはありません。もしかすると、枕元に現れたブンブンに教えてもらったとうもろこしだか小豆だかを買って財を築き、会社をやめたのかもしれません。

 先日、帰りの電車で私の横の窓に白い蛾が止まったので窓の外に逃してやりました。その日以来、枕元にノートとペンを置いて寝ています。

湖の夢

 最近、湖の夢をよく見ます。大きくて水は透明、周りにはかなり高い山々があり、日本ではないような感じです。これはきっとお金持ちになる予兆に違いありません。

 「湖の夢」で検索したところ、お金持ちになる夢ではなく、「心理状態が内省的になっている」と書かれていました。そういえば思い当たることがあります。

 自分が生徒だった頃、先生の授業中の雑談が好きでした。授業の内容は忘れても、雑談の内容だけは今でも覚えていたりします。

 学校は勉強だけ教えていればいればいいというわけではないので、誠実に教えることはもちろん、多少の自己開示は教師の責任だと思っていました。

 ところが、しばらく前からそれがあまり歓迎されなくなりました。例えば、ちょっと難しい理屈が続く場面で一息入れてやろうとしても、授業内容から逸れた途端に、突っ伏したり、私語を始める生徒がいたりして、集中が途切れてしまいます。だからもう長年、余談もせず淡々と授業をしてきました。

 ある月曜の1時間目、2年生のクラスに行くと生徒が半数近くいません。来ている生徒は損した気持ちになっているのか、全くやる気がありません。なんとか元気付けてやらねばならないのですが、どうすればいいのでしょう?職員室にアニマル浜口先生がいればいいのですが。

 勇気を出して、「月曜の朝は私も気持ちが重いので、マコなり社長の動画を見て元気をもらっているよ。」という話をしました。

 案の定、「何それ?」みたいな反応です。生徒たちとは関心の対象がかけ離れているのと、彼らにとって私は親の世代なので、警戒心もあるのでしょう。

 しかし最近では、あまり真剣に聞いてもらえないとわかっていながら、めげずに自己開示をすることにしました。私が授業をするのもこの先そう長くはないからです。

 実は、聞いていないようでも彼らは聞いています。そのうち「マコなり社長の動画見たよ。」っていう生徒が出て来ます。授業に対する姿勢が徐々に前向きになり、クラスの成績も良くなります。これがコヴィー博士のいう信頼関係というものでしょうか。

 考えてみれば、みんな寝てしまうから定理の証明はパスしようとか、やってこないから宿題を出すのをやめようとか、必要だとわかっていても成果の期待できないことは極力避けて来たように思います。人間が小さいというか、まあケチだったんですね。

 たとえ感謝されなくても生徒のために必要なことはやるべきだった。ダメだしばかりしていないで、褒めて励ましてやることがどうしてできなかったのだろうと思います。自分にできることはそれしかないのに。

 職員室のPCの電源を入れると、デスクトップが湖の写真であることに気がつきました。私が見ていた夢がこのデスクトップでないことを祈りたい。

ブラジルの風

 YouTubeを開くと、8月にUPした私の動画が出て来ます。そのすぐ下にいつも、白いニットの女性の動画が出て来るんです。読み方はわかりませんが、女の人の名前っぽくない気がします。

「nossa alma canta」

 AIがどのようにピックアップしてくるのか詳しく知りませんが、所詮はただの情報通であって、音楽の良し悪しはわからないでしょう。私はスマホもYouTubeもない頃からJAZZを聴いているので、そんなオススメに頼らなくてもいいんです。

 ところが、毎日毎日、その女性の動画が出てくるんです。AIにも意地があるようなので聴いてみることにしました。結構な美人なので損はしないでしょう。

 私の動画はボサノバの演奏なんですが、やはり彼女はブラジル音楽のヴォーカリストでした。長めのギター伴奏から歌に入って間もなく、その心地よい歌声に一発でノックアウトされました。この人と同じカテゴリーに入れてもらえるなんて感激です。さすがAI。

 優れたミュージシャンは、例え小さなイヤフォンを通してでもその空気を運んでくることができるんですね。電車の中にいながら、「ブラジルの風を感じる」とでもいいましょうか。

 場所は小さなレストランのようで、客の話し声が聞こえます。

「ブラジルに行けば、こんな間近にこの演奏が聴けるのか!」

 リオでしょうか、それともサンパウロ?

 どっちも行ったことないですけど。

 しかし演奏が終わると彼女はその美声でこう言うのです。

「Gracce」

「グラッツィエ」

猫との対話

 ビル・エバンスが conversations with myself「自己との対話」というアルバムを発表したのが1963年。私はJazzを知らないどころか、まだこの世に生まれていませんでした。

 当時の映画の中で2020年が映し出されると、きっと車が空を飛んでいたでしょう。しかし今日も、彼の演奏を世界中の人が聴いています。

 でもそんなこととはなんの関係もなく、私はよく猫に話かけます。猫はじっと目を見て聞いてくれるし、時々返事もしますから、まるで対話をしているような気持ちになるんです。

 先日のこと、ラピが首輪をしていません。

私「ラピ、首輪はどうした?どこかに落としてきたのか?」

ラピ「ニャオ、ニャオ。」

チャチャ「ニャオ、ニャオ、ニャオ。」

ラピ「ニャオ。ニャオ、ニャオ、ニャオ。」

2匹が必死に何か言ってるんです。

私「そうか。わかった、わかった。また新しいのを買ってやるよ。」

 とりあえずそう言ったのですが、いったい何を訴えていたのでしょう。もしかするとあんなものをつけてくれるなという抗議だったかもしれません。

 しかしなんと次の日、ラピが首輪を咥えて帰って来たのです。早速それを付けてやると全く抵抗しません。鈴がついていて耳障りだと思うのですが、嫌がるどころか結構気に入ってるようなのです。

 このことから、前日の話は多分こんな感じだったのではと。

私「ラピ、首輪はどうした?・・・」

ラピ「それが、どこで失くしたかわからないの。」

チャチャ「きのうシロに胸ぐらをつかまれたときに外れたのよ。」

ラピ「そうか。じゃあ、きっと増田さんちの庭にあるよね。」

またつまらぬものを買ってしまった

 私の999はビポスト(2人乗り)です。ですがこんな暴れ馬に大切な人は乗せられないし、そうでない人はそもそも乗せません。

 使わないだけでなく、デザインがいただけません。タンクと面一で水平に伸びるタンデムシートとそこから垂れ下がるナンバーステーがなんとも「もっさい」。

 いつかシングルシートに変えようと、ヤフオクに安く出品されるのを待っていたところ、先日2万円ちょいでシートレールがでてきました。シートカウルは3万円ぐらいが相場ですが、18000円で出品されています。そこに土日限定の2000円クーポンがついてきたので、反射的に落札しました。ルアーに食いつくブラックバスのようなものです。

 シートカウルはシートレールと4カ所、タンクと1カ所でビス留めされているだけで、ボックスレンチで簡単に外すことができます。

 シートレールはフレームと4カ所、マフラーと1カ所でビス留めされているだけなので、これも難しくありません。アルミ製で、元のシートレールの半分ぐらいの重さです。軽量化もできました。

 実はこれを最後のバイクにしようと思っています。バイクは機械ですが、愛してやらないとたちまち輝きがなくなり、乗っても楽しめなくなります。付き合い方がやっとわかったのですが、音楽に集中しなければならないのでもう十分な時間が作れません。

 未練が残らないように、昔よく行ったコースを走り直して、バイクライフを完結させようと思っています。

 次は海をバックに写真を撮りたいです。いずれ写真だけが残るでしょうから、本来の姿に戻してやれてよかったと思っています。

ペット保険は大事だよ

猫は服や靴を欲しがらないし、スマホも持ちません。フットサルはしないし、塾に通わせる必要もありません。

 考えてみると、餌と水しかいらないんです。猫を飼うためにお金の心配は無用。そう思っていました。

 6月のことです。チャチャが朝からずっと寝たままです。これは変だと思い、病院に連れて行きました。熱があり、何かの感染症か、熱中症の疑いもあるとのことで、点滴を受けました。家に帰ると動き回って餌も食べたのでひとまず安心しました。

 ところが次の日も寝たままで、触ってみると熱があります。日曜だったのですぐに病院に連れて行きました。点滴を打つと夕方にはまた元気になりました。ちょっと大袈裟だったかな。猫だって調子の悪い時ぐらいあるでしょう。

 ところが月曜、火曜、水曜、チャチャはどんどんと弱っていきます。もしかして車と接触したか、高いところから落ちたのかもしれません。木曜日、腹膜炎の検査をするために入院です。

 レントゲン検査の結果、内臓の損傷は認められませんでした。血液検査の結果にも大きな異常がありません。だから、毒を食べたのでもないようです。

 退院後は少し元気になって、餌も食べたので日曜は点滴をしませんでした。異常がないのだからそろそろ治るでしょう。

 しかし月曜日の朝、チャチャはもう起き上がれなくなっていました。餌も食べません。仕事から帰ってからでは手遅れになると思い、すぐに入院させました。

 迎えに行くと先生から、もうここでは手に負えないので大きな病院を紹介すると言われました。これはただ事ではありません。

 次の日、隣町にある動物病院に、紹介状を持ってチャチャを連れて行きました。診察室が5つもある大きな病院です。ちょび髭の若い先生が診てくださり、炎症値が高いのでいくつか抗生剤を試して効き目がなければMRI検査をすると言われました。MRIを使えば、例えば感染性の髄膜炎なども解るらしいです。

 これまで予防接種はしてきましたが、保険には入っていませんから全て実費です。点滴は1回5000円、レントゲンは約2万円、2回の入院でもう既に10万円以上の治療費がかかっていますが、MRI検査からさらなる高額医療に突入の予感です。どれぐらいかかるのかわかりませんが、大切な家族です。途中で投げ出すわけには行きません。貯金がなくなればバイクを売ればいい。それでも足りなければ次男に大学を辞めてもらいましょう。

 その次男が毎日チャチャを病院に連れて行きました。猫は血管ではなく皮下に点滴をしますから、連日の点滴で毛皮が伸びて垂れ下がってしまいました。体重が500gも減ったので、ダブダブの服を着ているようです。

 どんな薬が使われたのでしょう。ちょび髭の先生のところに行ってから10日あまりでチャチャは回復し、炎症値も下がって治療は終了しました。MRI検査は回避でき、次男も大学生を続けることができます。先生ありがとうございました。

 結局治療費は15万円ほどかかりましたが、2匹が走り回ったり、テーブルの上に飛び乗る姿を見て、私たちは日常が戻ったことに感謝しました。日頃、もっといい暮らしができないものかと思ったりもしますが、なんでもない普通の毎日こそ尊いのだということを痛感させられる出来事でした。

 コロナ禍で様々な不自由をされておられる方々にも早く日常が戻りますようお祈りします。

dav

チャンピオンシップポイント

 市のクラブ対抗戦はダブルス3本で争われます。

 私たちのチームはこれといってよりどころのないメンバーでしたから、全員が謙虚に、ただ堅実にプレーをしました。これといってかっこいい場面もなく、しかし気がつくと決勝に上がっていました。

 決勝の相手は同じクラブのAチームです。いつも一緒に練習しているメンバーですが、ここまできたら優勝したい。お互いに。

 第1ダブルスと第2ダブルスが同時にコートに入りました。私たちは第2ダブルスですから、1番が勝ってくれるとやや気楽にプレーできます。実際ここまでそうでした。

 苦戦を強いられる私たちを後方に、隣の第1ダブルスはあっという間に勝利を収め、もう握手をしています。他の試合はないのでそのコートに第3ダブルスが入ります。

 「僕らが勝つから気楽にやっといて!」と声をかけました。

 それを間に受けたのか、第3ダブルスはストレートで負けてしまいます。

 この展開は想定外です。突然チームの命運が私たちに重くのしかかってきました。表彰式を待っている人たちがコートを取り囲みました。子供を公園に連れてきているお父さんや、犬の散歩中の女の子たちも観戦しています。その時です。右太腿が痙攣を始めたのです。私は天を仰ぎました。

「修造さん。助けてください。」

 動けないことをなんとか相手に気づかれないようにしなければなりません。動揺させないために相方もついでに騙します。

 もつれまくってゲームカウントは5オール。しかし6ゲーム先取ですから相手のサービングフォーザマッチです。

 幸い、決勝戦ということもあってみんな自分のことで精一杯です。私はもうボールを追いかけることができないのですが、相手のミスにも助けられて40-40です。でもデュースではありません。ノーアドバンテージ方式なので次のポイントで勝敗が決まります。両チームのチャンピオンシップポイントです。

 レシーブは私。ファーストサーブが深く入ったら前衛のS君はポーチに出てくるでしょう。我々はダブルバックで守備を固めます。

「ロブをあげるときは天高く!」

 回転多めのファーストサーブでしたがわずかにアウトしました。

「フォルト!」

 セカンドサーブとなり、相方のKさんが通常のポジションに戻ります。私はKさんに、緩いリターンを足元に沈めるからファーストボレーをポーチして欲しいと頼みました。もう立っているのも限界です。

 このときサーバーのTさんが2回トスをやり直しました。

「もしかして。」

「いやいや。」

 サーバーのTさんは外科医です。手元が狂ったら命に関わるかもしれない手術を日に3回することもあるといいます。テニスごときで緊張するはずはありません。ここはダブルフォールトではなく今日一番のサーブが来ると考えるべきです。

 「来る。きっと来る!」

 次の瞬間、Tさんの打った黄色いボールはUFOのような動きをしながら隣コートの領空を侵犯したのち、サイドフェンスに激突しました。

 次の年あたりからですが、各クラブの助っ人投入合戦がエスカレートしていきました。社会人リーグの選手やJOP持ちコーチ、現役インカレ選手までが出場するようになり、我々テニス愛好家の出る幕はなくなりました。

 今や超ハイレベルな大会となったクラブ対抗戦ですが、優勝賞品だけはあの時と変わらずテニスボール1ケースです。