奇跡的な運命(2015年の学年通信)

 約二十年前、私はちょうどT山先生のようなさわやかな新米教師でした。何の経験もない私が、その学校に赴任するなりⅡ類理数系という進学クラスを任されたのには理由がありました。北部には高校が少なく、教員とその子供が同じ学校にいることは珍しくないのですが、教頭先生の息子が入学してくると聞いて、さすがのベテラン勢も一同辞退されたようでした。しかしそんなことは奇跡的な運命ではありません。

 このクラスにNという男子生徒がいました。4月の面談で彼はいきなり、「数学をやりたいので京大を目指します。どんな勉強をしたらいいですか。」といって、その大きな目で私を見つめました。

 高校の正門の真向かいにスバルという大型書店がありましたが、彼はそのスバルにある、「京大現役合格必勝法」とか、「京大合格大作戦」というようなハウツー本をすべて買って読み、次々と教室の本棚に置いていきました。それだけではなく、誰彼かまわずクラスの生徒にその本を渡し、「一緒に京大に行こう。3年も頑張れば絶対に行ける。」と同志になることを求めました。Nの熱い進路指導は何ヶ月も続き、クラスの生徒たちはうんざりしましたが、2年になるまでになんと5人がNに賛同し、京大志願を表明したのでした。

 HとIはともにA木塾という地元の京大専門の塾生で、Nにいわれるまでもなく京大志望でした。Oと教頭の息子Sは隣町の有名進学塾に入塾しましたが、Kはブラバンなので進研ゼミで頑張ることに、そして進路指導主任Nはスバルの本だけで勉強するといいました。

 6人はそれぞれの方法で勉強に打ち込み、メキメキと力をつけていきました。定期テストなどは彼らが暇にならないように作られたため、その激辛こってり味に大勢が迷惑しました。へこんでしまった多数の生徒をなぐさめる言葉が見つからず、困った私はよくお菓子を配ったものでした。

 3年になり、彼らが口先人間ではなかったことを模試の結果が教えてくれました。しかし京大や東大といえば知らない人がいない難関大です。果たして何人が合格するのか。全員が合格するということはないでしょうから、こうやって肩を並べて頑張ってきた6人にも明暗を分ける日が来る。そこに立ち会わなくてはならないことが恐ろしくなってきました。皮肉なことに進路指導主任Nが最終のオープン模試D判定で窮地に立たされていたのです。

 センター試験が終わり、Sは医学科志望のため京大出願をあきらめましたが、他5人は強い意志で予定通りに出願しました。前期試験では、得意の数学が1問も完答できず望みを絶たれたといってNが肩を落としていました。過去問20年分を覚えるほど解いていたのにこれが現実かと天を仰ぎましたが、結果は念願の理学部に合格。そしてIは薬学部、Hは東大理Ⅰに、Sも滋賀医大に合格していました。ところが、ずっとA判定で当確だった農学部の2人がそろって不合格だったのです。

 しかしまだこの頃は京大に後期試験があり、農学部には各学科十数名の枠が残されていました。OとKは想定外の結果に切れた状態でしたが、気力を取り戻して後期試験に臨み、2人とも合格しました。それだけではなく他の生徒たちもC判D判を覆して次々と合格を決めてきたのです。終わってみれば担任はもとより、生徒たちさえ思いもしない結果だったのです。

 模試の判定は、各学力帯における合格者の割合を過去のデータから推測しているだけなので、個々の試行の結果がそれに一致するわけではありません。裏を返すと一部においてはとんでもないことが起こるのが現実であり、いつもどこかで奇跡は起こっているといえるでしょう。常識や統計にとらわれない精神がたゆまぬ努力で革新を起こし、社会を進歩させています。大学入試に挑戦するということは、そういう精神や生き方の第一歩としての価値があると思います。だから、たいして面白くもない勉強を日々頑張っているあなたにはきっと奇跡的な運命が待っているはずです。

*この文章の題名は文化祭の演劇「Miraculous Fate」から引用しています。

猫の不思議

 ラピを動物病院で診てもらいました。健康状態は良好という事なので予防接種をしました。まだ生後2ヶ月ぐらいだそうです。

 生後2ヶ月というと人間なら全く目が離せない時期です。食べることも動くこともできません。でも猫はもうなんでもできます。まずトイレですが、猫砂の上に乗せるとそこでトイレをするようになりました。他の場所では絶対にしません。人間と暮らすためには重要な能力ですがどうやって身につけたのでしょうか?うちの子供は一人でトイレに行けるようになるまで2年以上かかりましたが。

 共稼ぎ家庭なので、この幼い家族を一人にして仕事に行かなければなりません。行かないでと鳴きますからとても辛い上に、家の中には危ない場所がたくさんあることが引っかかります。階段やらロフトから落ちたらいくら猫でも怪我するのではないでしょうか。変なものを口に入れて窒息死したらどうしましょう。風呂に落ちたらいけないので絶対に水を抜き忘れてはいけません。でも家に帰るとラピはいつでも元気に出迎えてくれました。怪我ひとつありません。

 私たちが階段を降りようとすると、男子ラピは猛スピードでぶち抜いて速さを見せつけてきます。勢い余って階段の手すりの隙間から落ちてしまわないか心配で紐を張り巡らしていましたが、それに当たることすらなかったと思います。その向こうが崖になっていることが頭に入っているようなのです。ロフトははしごで上り下りしますが、降りる時は慎重に降りて来ます。落ちるかもしれないと思う場合はスピードをコントロールします。キッチンや棚などいろんなところに飛び乗ったりしますが、失敗することもありませんし、そこにある物に体をぶつけて落としたりすることもまずありません。猫は部屋を荒らさないんです。ただし、お気に入りのソファーで爪を研ぐのだけはやめて欲しいです。

 生後2ヶ月の子猫のこの完成された生きる力を本能と片付けていいのでしょうか?階段やロフトのはしごの形状とその爪がかからない硬い材質も本能に書き込まれているのでしょうか。それに引き換え、失敗を繰り返して成長しなければならな人間の方が高等生物だということがどうも腑に落ちないんです。

 きっと動物たちは神様とつながっているのでしょう。ラピの目を見るともうすでに自己実現を果たしているかのようです。        

「ご主人様、人間になるためにせ〜だいお気張りやす。」

 

 

志とは (2014年の学年通信)

 少し前の話ですが、私は市内のテニスクラブで毎週ナイター練習をしていましたが、そこにHさんという人がいました。Hさんは私より少し年上で、ずんぐりとして動きもそれほど機敏ではなく、練習で打ち合っているときはそれほど技術の差があるようには感じない(むしろ私の方が少し器用と感じる)のですが、いざシングルスをやってみると全く歯が立たないというぐらい強い人でした。4ゲームほどリードすると彼は練習中のショットを試すので、その間に私が2ゲームぐらいとれることがある程度です。流れはほとんど彼が掌握し、何をやってもチャンスはほとんどありません。

 簡単に説明すると、私のショットは角度的にも威力的にも彼を追いつめることができないため、余裕をもって対処させてしまう、つまりコントロールされてしまうのです。私は長い距離を動かされることが多くなり、やがてチャンスボールを与えるか、無理に攻めてミスを犯します。コントロールされるということは技術もさることながら、手の内を読まれてしまっているということなのです。

 彼はキャリアも長く、当時市選手権のシード選手でもあったので私のようなクラブプレーヤーのかなう相手ではなかったわけですが、身体能力的に際立ったものがないのにあれほど強いのはどうしてなのか、興味を持って観察していました。

 テニスクラブというところは社交の場ですから、1日なり半日なりそこでプレーをするときはいろんなゲームがあります。年配の人に強打したり、組む相手を選ぶようなことはマナー違反です。 しかしHさんはそんな社交ダブルスは絶対にやりません。彼が練習するグループはコーチや選手ばかりで、負けた者がボール代を出すというルールになっているそうです。 

 1セットごとにニュー缶をあけるのはトーナメントと同じ条件で試合するためです。ボールは2個で 600円です。負ければショックと一緒に使い古しのボールが残ります。次のセットでそれを使うことは許されません。いっぱい負けるとバッグがボールでパンパンに膨らむそうです。そんな日は悔しくて眠れないと言っておられました。

 そういえば、Hさんが楽しそうにボールを打っている姿は一度も見たことがありませんでした。仲間と打っても、美人の学生コーチと打っても、いつでも怒っているかのような恐い表情でした。おそらくは、練習のときも頭では試合の中に自分を置いていたのでしょう。

 私がそのクラブを辞めることになったので最後に「どんな練習をしたらそんなに強くなれますか?」と聞いたところ、Hさんはいいました。

「誰でも練習はしてるんですよ。」

「いつでも勝とう思って練習できるかどうか、自分を追い込めるかどうかちがいますか。」

 せいぜい仲間内で勝てたら満足というような姿勢でトーナメントに勝てるわけがないでしょ。という意味だったと思います。強くなるためにたくさんの犠牲を払い、悔しい思いや、膝の痛みなどと日々戦っている彼に対して、ずいぶんレベルの低い質問をしてしまったなあと恥ずかしくなりました。

 やるからには勝ちたい。だから努力もする。でもそんなことを志とはいわない。そう彼は教えてくれました。

Ducati 999 をヤフオクで買った話

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 仕事に疲れてたんですね。何か希望が欲しかったんです。相場よりもかなり低い価格で即決(入札すると落札になる)だったので、いろいろと調べる時間がなかったんです。評価から出品者様は信頼できる方であると思ったのでクリックしました。
「おめでとうございます。あなたは今日からドカティオーナーです。」

 安かったとはいえ、イタリアンスーパーバイクです。身長168cmですが足は付くのでしょうか?維持費は?ネットを調べるとろくなことが書いていません。エンジンが熱くてジーンズで乗れないとか、しょっちゅう故障して修理に時間がかかり、しかも高額だとか。中にはアクセルが突如もどらなくなったとか恐ろしいことも書いています。私のは2003年式初期型なので特にトラブルが多いらしいのです。

 とても暖かい3月の末日、デポにドカティを引き取りに向かいました。目の前に出てきた999は本当にきれいな赤色です。でも、エンジンかかるんでしょうか?

 「カンカランカンカンカン・・・」
エンジンはかかりましたが乾式クラッチは半クラが効かないらしいです。エンストしてこけたらどうしよう。

 その昔、セパハンRZに乗っていたのでSB上等ですが、この姿勢、ほとんど土下座です。家まで40kmですが乗って帰れる気がしません。ロードサービスの電話番号を確認してから出発です。

 ドライクラッチは初めてでしたが、普通に走り出せました。でも、ステアリングダンパーが付いていてハンドルが重く、切れ角も小さいので交差点が怖い。あと、ギア比が高いので2速に入れるとノッキングします。もうコンビニを見つけるたびにピットインです。このバイク、街中は苦手です。教習所のコースなんて絶対に走れません。でも後悔どころか楽しくなってきました。小心者の私は、なんだかんだで常識的なものしか買ったことがありませんでしたが、ついに自分の殻を破ることができたのです。

 それが1時間もすると慣れてきて、山に寄り道することにしました。ドカティは曲がらないという人がいますが、どういったレベルで、何と比べてのことなんでしょう?私はXJRからの乗り換えなので全く問題ありません。ブレーキもよく効くのですいすい走れます。ギア比が高いのでエンジンのおいしいところはほぼ使えませんがそんなに速く走る必要もないでしょう。

 でも一番得意なのはやっぱり高速道路でしょうね。車を追い越すときにちょいとひねると一瞬でとんでもないスピードになってます。ピタッと安定していて全く怖くありません。もしかしてメーター壊れてないですか?

 ノーマル部品やスペアキー、カードキーもそろっていて、オーナーズマニュアルと整備記録なども受け継ぎました。前オーナーさんはすべてディーラーで点検を受けておられたので、持病の対策も済んでいたのかもしれません。1年乗りましたが故障はありません。姿勢しんどいですがツーリングにも行けました。

 999は座席とかステップの位置、車高も微調整できるんです。マニュアルを読んでいるとサーキットを走るときのキャスター角とトレールの設定値が書いてあります。ということは、サーキットも走れるけれど市販車であり、私のような一般ライダーが乗ることも想定してまじめに作ってあるということなんです。どうやら「金持ちのおもちゃ」というイメージは間違っていたようです。この娘は17歳ですが部品の供給も継続中です。ドカティは誠実なメーカーで思ったよりもずっとフランクなんです。

 聞くところによると、ドカティは一回で懲りるか、ずっとドカティに乗るかどちらかだそうです。誘拐犯が人質のマインドコントロールをするとき、恐怖で支配して稀に優しくするいう方法を用いますが、それによく似ているような気がします。 

 

XJR1300をヤフオクで手に入れた話

 少し前の話です。バイクはもう降りたはずだったんですが、日頃の足に125ccのスクーターを買うことにしました。ファミリーバイク特約で保険も安く、駅に行く時や、ちょっと買い物に便利です。

 ところが125だと高速に乗れないので通勤には使えません。時々山に行きたくなるかもしれないので250モタードがいいように思えて来ました。でも、その昔ルネッサというツインを買ったけれどほとんど乗らなかったことを思い出しました。大型に乗ってしまった今、250は頼りない気がします。

 400以上だと車検が必要になるので、もう600でも800でも同じことです。ところがミドルクラスはお手頃なモデルが見つかりません。とうとう行き着いたのがこれです。日頃の足には向いていない気もします。

 ヤフオクだと、知らない人から写真だけを頼りに買うわけなので、どんなものが送られてくるかわからないし、保証もありません。おまけに名義変更などの手続きも自分でしなければならないのですが、お金がないので挑戦するしかありません。2002年式、走行6万km、車検残ありでヨシムラチタンサイクロンがついて28万円で落札です。

 幸い転倒跡もなく、機関良好で安心しましたが、タイヤが交換時期だったので油脂類と一緒に交換して65000円、陸送費とシステム利用料を合わせると総額40万円の買い物になりました。ショップではこの値段で買えませんが、命を預けるものなので安いかどうかは考え方次第です。どうやら貧乏人ほど初期投資をケチる傾向が強いらしいです。

 さて、15年も前の車両なので故障が心配でしたが、ヤフオクで買ったものでもディーラー(YSP)は親切に面倒を見てくれました。消耗部品の交換は必要でしたが、結局2年間故障はしませんでした。メンテ費用も安く、信頼性とコスト面でも国産バイクは非常に優秀です。

 XJRは中古パーツも豊富なので、カスタムもやってみました。ヘッドライトをLEDの物に交換、マフラーはノジマ、シートもタックロールに変更しました。すべてヤフオクで購入し、自分で取り付けました。外した部品も売れたので総額6万円ほどの出費で済みました。来た時にはやれていましたが、手をかけることで垢抜けた感じになり愛着も増しました。育てる喜びというやつでしょうか?

 乗りやすくてなんの不満もなかったのですが、距離は増えませんでした。どっしりとした安定感が大型車の魅力ですが、悪くいうと車に乗ってるような感じで少し退屈なんです。(好きで乗っておられる方すいません。)

 年度末の3月、仕事がしんどくて疲れていました。何かときめきが欲しかったのでしょうか?弱い人間です。ドカティを落札してしまいました。ガレージも狭いのでXJRは車検を通してお譲りしました。いくらで落札されたかはお伝えできません。

 遊んでくれてありがとうXJR。ありがとうヤフオク。

ウッドデッキを作ってみた。

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 庭のウッドデッキが腐って抜けそうなので近くのホームセンターで見積もりをとると、なんと45万円。それは無理です。ウッドデッキっておっきいスノコみたいなもんだから、自分でできないだろうか。確か大工さんは半日ぐらいで作ってたと思うのですが。

 自信はないのですがお金がないのでやるしかありません。まずは板をひっぺがして、どんな構造になっているか調べます。3本の枕木?はコンクリートにビス留めされているのでこれはそのまま使うとしましょう。縦に角材の梁を13本、その上に板を貼っていけばいいだけです。構造が分かったので解体します。

 ところが、ネジが錆びついていてねじ山をなめてしまい回らなくなったり、途中で折れたりと半分ほどがきれいに外れません。ネジが抜けないところはノコギリで切ってバールでこじてどうにか解体しました。

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 元のように梁を打ち付けます。ちょっと数を減らしてます。外側の枕木が腐っていたので同じような角材を沿わせて補強しています。

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 1800mmと2700mmの板をつぎ合わせます。継ぎ目が同じ梁に集中しないように交互に組み合わせます。色がバラバラですが、イタウバーフィエラという固い木で、防腐剤を塗らなくてもいいし、安いので助かりました。ただし、微妙に反ったり曲がったりしているのでできるだけ真っ直ぐなやつを選ぶと色がまばらに。でもいいんです。

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 さて最後の難関です。パーゴラの柱が3本乗ってるのですが、その真下に板を入れなければなりません。ジャッキがいるかなと思ったのですが、幸いパーゴラもヨレヨレだったのでちょっと斜め横に歪めておき、板を入れてネジ留めできました。パーゴラの柱の根本を長いビスで板を貫通させ枕木に留めて完成です。

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 と、まあ簡単そうに書いていますが、実際には防腐剤を塗って乾かす作業だけでも1日かかり、他にも板をトラックに積んで運んできたり、穴あけとねじ止めは500カ所もあり、また廃材の処理であったりと、予想よりはるかに骨の折れる仕事でした。土日だけしか作業できないので約2ヶ月かかりましたが、材料費とインパクトドライバー締めて7万円弱でできました。近くで見ると仕上がりは荒いし、耐久性も心配ですが自分で作ったものなので愛着が湧きます。ちょっと無理をしましたが「元気があればなんでもできる。」ということを子供らに教えることができてよかったと思っています。

ラピスラズリ

 6月のある日曜日、いつものようにテニスで汗をかき、帰ろうとした時、クラブハウスの前で1匹の子猫と出会いました。手のひらに乗るぐらいの大きさで、シャム猫のような毛色、目は透き通ったブルーでした。私を見て必死に泣くのですが、近寄ると逃げてしまいました。オーナーに聞くと誰かが捨てていったのか、1週間ほど前からクラブハウスの床下に居ついているそうです。ところがそのクラブハウスには大きな蛇やらアライグマやらが住んでいるんです。

 家に帰ってからも子猫のことが気になり、三男に猫飼わないかと持ちかけてみました。私が提案したところで妻は首を縦に振らないでしょうから。

 翌日、三男は中学校の友達と一緒に虫取り網を持ってその子猫の保護に行きましたが、狭いところに逃げ込まれて捕獲できずに帰ってきました。その話を聞いた妻は激昂し、「これ以上家を汚す生き物(子供3人と私も?)を入れることは許さない。」と叫びました。

 数日後、オーナーからその子猫を捕まえたという連絡が入りました。妻は激しく反対していたのですが、あとで誰かに飼ってもらうからとりあえず連れてくると言ってクラブに向かいました。子猫は大きなダンボール箱に入れられて我が家に来ました。

 三男が段ボール箱を妻に渡し、開けさせました。出て来た子猫は海のようなブルーの瞳で妻を見つめ「ニャオ。」と元気に挨拶をしました。

 「カワイイ。」

 誰かにあげるなんてとんでもない。次の日、猫用トイレや、キャットフードなどの猫用品を妻が買ってきていました。

 名前は「ラピ」。ラピスラズリっていうパワーストーンからとってきたそうです。もちろん妻が名付けました。

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黄金のES335

Gibson ES-335 Gold 2013 full front view

 いい歳をしてギターを持ち歩いていると、プロのギタリストですかと声をかけられることがあります。でも実際に演奏するとなるとただの1曲でもだまし通すことはできないでしょう。プロフェッショナルとはそんなものではありません。

 学生時代から私はジャズギターを習っていました。ピアニストの藤井貞泰氏の運営する藤ジャズスクールは新京極の小さいビルの中にあります。そこで岩田先生にはじめて会ったとき、そのスーツ姿を見て、どんな仕事をしておられるのですかと単刀直入に聞きました。
「おれ、一応これで食ってんねん。器用やろ。」 
といって岩田先生はギターを持ち上げはりました。

 ジャズ自体それほど需要がないのですが、その中でもギターは特に地味です。ボーカルやピアノ、管楽器ならまだお客さんが入りますが、ギタートリオではお店も赤字覚悟です。だからそれで生計を立てることができる人はごくわずかなのです。

 岩田先生は若いときにバイク事故で生死をさまよったことがあるそうです。後遺症もなく回復することができ、生きていられるだけで十分幸せなので、安定した収入だとか世間体だとかに興味がなくなったといいます。一度の人生、好きなことだけやって生きていこうと決めた、とはまるで演劇の脚本のようですね。

 しかし、人を満足させるのがプロですから、リクエストに対して「できません」はタブーです。スタンダードナンバーなら200曲程度は何も見ずに演奏できて当たり前、組むメンバーの楽器によってはキーもオリジナルとは限りません。何の曲をやるか決めてこないピアニストもいるそうです。だから、練習ばかりしていて朝夕がわからなくことがよくあるそうです。好きなことをやって生きていくというのはそういうことなのです。

 あるとき岩田さんから、仕事用のギターを買うので大阪の楽器店を案内して欲しいと頼まれました。ES335というモデルで、なんでも1960代の製造のものしかだめらしいのです。ES335は今でも製造しているのですが、現在の製品は木の材質、乾燥方法や塗装、職人の腕前まで変わってしまっていて、鳴りがよくないといわれます。だからオールドで状態のいいものを探している人は大勢いるのです。

 その日、心斎橋の有名楽器店に行くと、ありました。サンバーストといってボディの縁が黒く、中心に向かって透明になる代表的なカラーで、1961年製造です。しかし岩田さんはちょっとネックを見て、フレットが打ち替えられているからダメといってさわりもしません。他の店でも何本か見つけましたが、再塗装されていたり、ネックが補修されていたりしてお眼鏡に適うものではありませんでした。

 最後にアメリカ村で通りがかった楽器店に入ってみたところ、湿度管理されたガラスケースの中に金閣寺のような黄金の335が姿勢よく座っておられました。
「これはあかん。」              
観念して店を出ようとすると、なんと岩田さんが弾いてみると言い出しました。

 少し音を出した時点で岩田プロはそのリッチな音色がすっかり気に入ったようで、十八番のmy one and only love が始まりました。店員がすぐに店の音楽を切ったので、店内にいた人たちが集まってきて周りを囲みました。誰もが聴いたことのあるメロディーに弦楽器特有のテンションをもつコードが添えられたギターソロ。こんな my one があるのか、この人はいったい誰なんだろうと、皆は金のギター奏者に釘付けになりました。

 演奏が終わり、だれかもう一曲リクエストしろよと互いに目を見合わせていたとき、ギタリスト岩田美智夫はアンプの電源を落としました。
「ばっちりなんやけどなあ。」

「やめとくわ。」

「ちょっと色が地味やから。」

ひょんなことから少年の頃の夢が叶った話

 30歳の時にテニスを初めて以来すっかりハマってしまい、週末は雨の日も風の日も雪の日もテニスをして来ました。できないと不機嫌になってしまいます。もう依存症レベルです。

 去年の2月。私は選抜試験の責任者でした。いつもならどんなに寒くても週末はテニスなのですが、風邪をひくことは絶対に許されないので2月と3月の選抜試験が終わるまでは大事をとってテニスをしないことにしました。

 入試が無事終わり、待ち焦がれた週末がやって来ました。ところが始めてみると肩が痛くて痛くてサーブが打てません。痛めるほどプレーしたのならともかく、休んでいる間に肩が壊れてしまうなんてことがあるのでしょうか。しかしそれはいわゆる五十肩というやつで、全治半年から1年と診断されました。

 そこで仕方なく、ラケットの代わりになるものを探したところ、壁かけに成り果てていたギターが目に入りました。相当入れ込んでいた時もあったのですが、ストレス発散にはテニスのほうが適しているのでもうほとんど弾かなくなっていたんです。

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 あまり期待はしていなかったのですが、演奏の技術はすぐに回復できたのでやる気が出て来ました。そして学生の時に弾けなかったラリーカールトンのRoom335に再挑戦することにしたのです。

 Room 335といえばギター少年の登竜門ともいえる曲であります。私も代数学の授業をさぼって連日練習しましたが第2コーラスのサビの1カ所だけがどうしても弾けなかったんです。忘れていた挫折感が蘇って来ました。

 「することもないし、弾けるまでとことんやってみよう。」

 Youtube を参考にいくつかの運指を試し、学生時代にはなかった秘密兵器の導入です。MP -GT1 ギタートレーナーです。ラリー様がゆっくりと何回でも、しかも腹を立てずに一緒に弾いてくださるのです。

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 テンポを落とせば弾けるので、あとは少しずつそれを上げていけばいいだけです。ところが、もう少しのところで右手と左手がバラバラになって音がつまってしまいます。今度はテンポをもっと落として確実なピッキングを体に染み込ませます。でも結果は同じです。

 この状態が1ヶ月は続いたでしょうか?流石に萎えてきました。心が折れるとはこの事をいうのでしょう。もう、弾けないということを自分に納得させるために練習を続けました。とうとう指先の皮が擦りきれて痛みで弾くことができなくなり、弦を外してギターを壁に戻しました。きっと20代でないと弾けない曲なのでしょう。

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 しかし半月ほど経って指が治って来ると、もう一度やってみようという気になりました。テニスはできないからです。まだ完治していないので強めに歪ませて弱い入力でも音が出やすくしてみたところ、なんとかそれらしく弾けるようになっていきました。そこから録音を繰り返し、音をナチュラルなドライブに戻し、運指に何度か変更を加えてまあなんとか見てもらえるレベルに仕上げることができました。

 たった90秒の演奏に半年近くかかりましたが、私にとっては親の仇を打ったような晴れやか気持ちです。それでも、感動しているのは自分だけなんです。演奏で人を楽しませることができるプロフェッショナルは本当に凄い。憧れですね。

https://youtu.be/P1qYVqCDsUk

趣味の十種競技があれば

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 公立高校の教員を勤めて30年になります。数学の授業の評判は今ひとつですが、学級通信だけは面白いと褒めてもらっています。大半は大学受験に向かう生徒を励ます目的で書いていますが、いろいろな方に読んでいただければと思い、発信することにしました。また、趣味のジャズギターやテニス、バイクの話題などにも触れていきたいと思います。どれもたいした腕前ではないのですが、種類だけは豊富です。趣味の十種競技などがあれば全国大会に行けるかもしれないですが。よろしければ、ご意見、アドバイスをよろしくお願いします。